-- わたしは生きていくんだ --心を探す道へ…。
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 わたしは生きていくんだ 


全てに光がさしたわけではないし
すべての問題が解決したわけでもない。

ただ、私は、生きると決めた。

死ねないから、仕方なく、ではなくて、
ほんとに生きたい、活きたい。

まだまだ全然上手くなんて生きられないし
やっぱり生きるのにむいていないな、なんて思う瞬間だってあるけれど
それでもあきらめずに前を向いて生きていたいんだ。

変身したわけじゃないけど、心の向きが少しだけ変わった。
そんな気がする。

ついこの前まで、こうなれるなんて、予測すらできてなかった。
表面的には何一つ変わっていないけれど、奇跡が起こっている感じがする。

死ぬことしか考えられなかったのにね。



先月末。
渡航を決行しました。
5泊7日、の予定が、帰りの飛行機が遅れたせいで、
深夜に帰国してから家に帰れずに空港近くのホテルにもう1泊する羽目になってしまいました。
でも、それでも無事に帰ってこれました。

私は、今回も合わせて海外に5回渡ったことがあるのですが、
5度目にして初めて“無事に”かえってこれました。

小学校の時の研修では4日目で見事にお腹を壊し、
高校の修学旅行では精神崩壊にリスカをし、
留学1回目ではODに病院搬送、
留学2回目では強制送還、目の周りに血が滲むほど泣きながら帰ってきた。

今回は、特にすごいことをしたわけじゃないけれど平和にかえってこれた。


向こうではもう少しのんびりする予定だったけれど
意外と友達と一緒にいたりして忙しかった。
体調を崩すことも、大きなトラブルに巻き込まれることもなかった。



なにしたっけかな。

一番残ってるのは、お気に入りの場所を歩いたことかな。
全然大した場所じゃないのかもしれないけれど、
自暴自棄になって歩いてたどり着いたところ。
湖がきらきら光ってすっごくきれいなんだ。
今度はふらふらとではなく、自力で地図を見てたどり着けた。

そこはやっぱりきれいだった。
平和でゆったりした時が流れてた。
変わらず美しい湖があって、アヒルや鯉が沢山いて、白いお花が咲いていた。
大したことない場所なのかもしれない。
けれどここにまたこれてよかったって思えた。


ある夜、WHATSUPにお礼を言うために電話かけてみた。
デニースさんがいる曜日を聞いて、その時に電話したんだけど
あいにく出られなくて、すごい悲しかった。
パニックになりそうで、実はその時だけ一人でベッドの中で泣いた。
だけどかわりに出た人に、自分がこうお世話になったから、お礼を伝えてくださるようにお願いはした。
ほんとはすっごく話したかったけどね。
だけど、世の中思い通りにいかないことのほうが多いわけだし、
その時間私と話す代わりに誰か別の子を頑張って救っていらっしゃるのかもしれないと思うようにした。
18才のうちにどうしても一度渡航したいと思っていたのは、これのため(18才までしかかけられない)だったし。
英語もだいぶ感覚を忘れていて、想うことが全然口に出せなくてすごく悔しかったんだけど、最後にもう一度かけるという目標は達成出来たからよかった。



渡航の、もともと持っていた一番の目標は達成できなかった、
決して達成できないものになってしまった気がするけれど
それでも私は今生きようと、生きようと、もがきたいとおもっている。

大学に入った春はまだ、秋頃に渡航してそれでも認められなかったら
生きるのを終わろうとまで考えていた。
赦されるために渡航して謝りに行きたい。そのために自力で渡航する。
そのためにアルバイトで稼ぐ。そのために大学生になってやる。
そういう気持ちでちょうど去年の今頃受験勉強をしていた。
それが前期の終わりの8月8日、拒絶のメールにより、
全てが根本から崩れさったことを悟ったわけだけど。。
その次の日からバイトをぎゅうぎゅうにつめて、
全てを忘れようとするが如くがむしゃらに働いてみた。
実際自分が授業をしている間は全てを忘れられていたから、それは私にとってよかったと思う。
加えてその頃には、バイト先の人や生徒たちと仲良くなれて、
年度の途中で先生が死んだら多分生徒の受験に影響を及ぼすだろう、
だから死ぬときはバイトやめてから。それまでは精一杯頑張ろう、と、思えてた。

それで夏の1箇月で働いたのは120時間+1日約3時間の残業。
その月の給料の全てが、渡航費に費やされた。
もはや意味の無いこと。
だからバイトの先輩とかに、稼いだ額を褒められるのが、一番辛かった。

けれど、よりによってほとんど参加できていない部活のつながりで、
私をすごく大切にしてくださる方に巡り会えて
かつてないほど幸せにしてもらえて
そこで世界の見え方がなんだか変わった感じがする。

まだ2箇月だけど、その先のことを考えられるようになった。
クリスマスとか、悩むどころか気がついたら終わってたことしかないくらいだったのに。
死なせないとまで言わせてしまって。
幸せになると、私は約束をした―。




もう渡航は当分しないつもり。
私が今回一番嬉しかったことは、、
変かもしれないけど、ふとした瞬間に、帰ってきたいと思えたこと。

留学して同じ地にいたころは、
日本に帰ってしまえば私の居場所がなくなると思ってた。
実際、通う学校もないし、友達はみんな受験生で連絡すらできないし、他に何かの活動をしているわけでもないしで、家と両親がいるくらいだった。

今は違う。
1年しか経ってないけれど全然違う。
大学に通ってる。
アルバイトをしている。
友達と交流できる。
大切な人がいる。
…全然、ちがうんだ。

居場所、という言葉をあんまり考えなくなるほど、私の居場所が今はある。

感謝してもしきれない。

こんなに重くではないけれど、同じ内容のことを塾の終礼で言ってみた。
ひかれるかな、と思ったけど、何人かによかったと言ってもらえた。
学歴とか自己開示しても仲間として認めてもらえてるのがすごくありがたいです。
あたたかいです。





*****


12月14日ですね。

私は忘れない。



蒼葉さんがいなくなって、1年が経ちました。

ほぼ同じ状況に置かれて、同じような苦しみを味わって
支え合いながらしばらく過ごしてきたから
悲しみは癒えません。
残された方々のことを想うと胸が苦しくなります。

悲しいままいってほしくなかったし
いなくなってしまったことがすごく悲しいけれど
あの蒼い空の星になって、私たちの幸せを願っていてくれてる気がします。

生き残ってごめんね、自分だけ救われてごめんねの気持ちがあるけれど
やっぱり、生が、愛おしいのです。

何書いてるのかわからなくなってきたけど、、
私は蒼葉さんをわすれないし、これからも空を見上げて生きていく。
悲しくても、彼女のいる空を見上げて生きていきたい。



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マユ

Author:マユ
22歳のマユと申します。
国公立大学卒、社会人1年生。
一時の危機を乗り越え、ようやくここまで来ました。

高校中退、留年、退学
精神科通院、リスカ、OD
なかなか色々あったけど、
生きることをあきらめない。
きっと。きっとね。

大切な人を、大切にできるように。

まだまだ未熟で世間知らずですが
社会で上手に精一杯生きていけるようになりたいです。


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